ブログ記事「ワナにかかりました」より

「真の家庭を愛する会からの受信メールを掲載します。」

愛する祝福中心家庭の皆様

現在の統一運動の混乱をもたらしている一つの原因は、「メシヤ」に対する捉え方の混乱であると思われます。
今回は、混乱を解決しようとする一つの試みとしてインターネット上に出されていたブログの内容から引用してお伝えいたします。記事の著者は、私達がひっかかって混乱しやすい問題点を「ワナ」と表現しています。
それでは皆様のご健勝を心からお祈り申し上げます。

真の家庭を愛する会

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

ブログ記事「ワナにかかりました」より

http://ameblo.jp/pacificera/entry-11435768707.html

「文先生は何でも全てわかっておられたのではない」という事が、「メシアではなかった」という結論につながるのではありません。
「メシアとは何でも全てわかる超人である」というのは、既成キリスト教的メシア観に起源があります。(もちろん、キリスト教徒にも、そのようなメシア観に重きを置かない人もいますけれど。)
その既成キリスト教的メシア観を否定したのが、文先生であったのであり、原理講論の「メシア降臨とその再臨の目的」にも、「キリスト論」にも、「メシアとは何でも全てわかる超人である」などという観点は出てきません。
原理的に、メシアが超人である必要は全くありません。たとえ仮にイエス様が奇跡を起こさなかったとしても、正しい人を裁く間違いをした事があったとしても、イエス様はメシアであったのであり、イエス様の素晴らしさも変わりません。
イエス様も「天の父が完全であられるように、完全な人になりなさい(マタイ5章)」と「完全な人」に関して語られましたが、その言葉は、敵をも愛する愛に関しての文脈の中で、語られたのです。
イエス様が語られた「完全」とは、愛の文脈の中の言葉であり、時空を超えた超能力の意味で言われたのではありません。そして、原理講論のキリスト論も「完全」という言葉の説明で、このイエス様の御言葉を引用しているのです。
文先生は、生前、過去を回想して、「ああすれば良かった。こうすれば良かった。」と、御家族には漏らされていました。他界された後にも、 嘆かれている事を、文夫人が米国で語られたではないですか?(http://ameblo.jp/pacificera/entry-11403158873.html )
間違いをしない超人ならば、どうして、後悔する事や、知らなかった事がありえるでしょうか?
統一教会は、教会という組織を守るために、教理を現実的に否定して、「文先生は何でも知っておられる」にしてしまいました。そこが間違っていました。皆がワナにはまってしまいました。
もう一つ、ワナについて書きましょう。
日本には本音と建前という発想があります。既成キリスト教的観点に加えて、本音と建前という発想にもワナがあります。
この本音と建前の発想に基づいて語られているのが、「文先生はどんなに文国進理事長の悪い所を聞いてもそれを無視して、文顯進理事長と郭牧師を否定する本音を、密室的(ボートの上?)場所で語られた」という、お話です。
これは、最初は米国にいる日本人教会員に伝えられましたが、その後、日本のリーダーに伝えられて広がったようです。
その時の文先生の意見を「本音」として判断して解釈したのは、そこにいたリーダーであり、神様でも文先生でもありません。
人によっては、不倫と私生児出産の後に歌う、文仁進元会長の姿を見て喜ばれる文先生の姿を、「不倫と私生児出産を容認する本音」と受け取る人もいるかもしれません。(http://youtu.be/UgOxQG5SDnE ) 実際に、そのような解釈も見ました。
しかし、そのように「これが本音だ」と解釈したのは、その判断を下した人であって、神様でも文先生でもありません。
(記事終わり)

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。