文顯進(プレストン・ムーン)博士の声明

「真の家庭を愛する会からの受信メールを掲載します。」

愛する祝福中心家庭の皆様

いよいよお父様の聖和式が挙行される時となりました。二度にわたる顯進様の訪問にもかかわらず、教会側の妨害により結局顯進様はお父様にお会いすることができないままに終わってしまった事実をお伝え致しました。

このような異常な状況の中で、やむなく参加を断念し、聖和式を別個に開くことにより、お父様のレガシーを守るという顯進様からの声明文が出ましたのでご紹介いたします。(英語からの翻訳ですが正式なものではありません)

それでは皆様意義ある聖和の期間をお過ごしくださいますように。

真の家庭を愛する会

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文顯進(プレストン・ムーン)博士の声明 – 2012913

(英文からの訳、非公式)

心痛い決断

父がこのように突然逝去したことに対し、私の息子としての心は大きな悲しみを味わっていますが、深く苦悩しつつも熟考を重ねた末に、統一教の主催する追悼式(聖和式)には参加しないという心痛い決断をすることになりました。このことが深刻な一歩であることははっきりしていますが、私の家族を含む統一教の指導者達は、父の生涯の偉業と教えを、見る影もなく歪曲してしまいました。彼らは追悼式を通して、父のレガシー(遺産)に対し、父が生きる指針としてきた原則と全く関係のない自分達の考えを正当化しようとするでしょう。私がそこに参席すれば、私もその正当化を認めることになります。私は決してそれを認めていません。

父の生涯に対する感謝

父は驚くべき人生を送ってきましたが、私たちはその生涯をふさわしいやり方で讃えることが重要です。事実上の長子として、私には父の業績を正しく讃える義務があります。父は何よりも、神様の孝子として、ワンファミリーアンダーゴッド(神様の下の一家族)のビジョンを中心とした平和と和解の世界を建設するという摂理的使命に対して、自分の生涯も基盤も全てを捧げました。それを通して父は、苦渋に満ちた神様の心情を慰労しようとしたのです。

父は神様との深い個人的な関係を通して、人種や民族、国家、さらには宗教などの見かけの違いを超えて、全ての神様の子女たちに神様の祝福をもたらしたいという、燃えるような願いを持っていました。これらの違いは、往々にして家族である人間同士を分裂させたり疎外したりしてきました。父の情熱は、普遍的な原則と、「他者のために生きる」という生き方に表現される利他的な「真の愛」の価値観に根ざした、神様を中心とする地球的な大家族を実現することに向けられていました。

これは神様の夢であり、父はその夢の主人となって、全ての活動を通してその夢を実現するために生きてきました。父の最大の願いは、神様のみ旨に対する献身の先例を立て、それを通して鼓舞された他の人々も、父と同様の情熱的な決意と主人意識を持って、神様の夢を実現するために働くようになることであったと理解しています。

生きた記念碑

父に対しての最もふさわしい贈り物は、父の人生を駆り立てたその夢に対する生きた記念碑(夢を実現した実体)となることです。父のビジョンと開拓精神は、父が始めたのと同じ熱意をもって、他の人がその努力を継続し、構築するための基礎石のようなものです。そのような生きた記念碑となることこそが、父を讃え、多くを与えた父の人生に対し、そのレガシーを讃えるための最善の方法であると信じます。

教会の創始者であることよりも

一方、父の包括的で普遍的なビジョンとは対照的に、今日の統一教の指導者達は、父を駆り立ててきた摂理的目標に背を向けるような、偏狭で独善的なビジョンを立てるようになってしまいました。全ての人々が成長して、神様の息子娘としての個人的責任分担を果たせるようにと心を砕く、愛情に満ちた父母としての姿の代わりに、ある一つの教会もしくは新興宗教の創始者として、その教会においては絶対至高の権威を持った存在としての姿を意図的に提示しています。さらには父を、残りの人類とは次元の異なる世界に住む存在として神格化しようという試みもあります。しかし、このような神格化は、神の摂理における人間の責任を重視する、父の中核的な教えに反するものであり、そのような路線が、統一教信徒達の上に君臨する絶対的権威を主張する根拠として使われています。

父にアライン(整列、一致)して

これらの問題は、昨日今日に生まれたものではありません。私は随分以前から、統一運動について社会から浴びせられる非難のうち、少なくとも一部は妥当な指摘であると認識してきました。私は統一運動の内部で、父の名と権威を許しがたいほど誤用してきた高位の指導者たちに苦言を呈してきました。改革のための私の努力は、この腐敗した強圧的な統一教の指導者達から、ますます過激な反対を引き起こしました。このような反対は、当初私が運動の内部で責任を負っている時から密かに進行され、後にはさらに公然と行われるようになりました。2009年以来、私は人格殺人と訴訟に直面しており、特に最も苦しかったのは、父と私の関係を分断しようとする組織的な試みに直面した時です。このような状況で、私はグローバルピースフェスティバル財団などのチャンネルを通じ、父が取り組んでいた全てのことに真にアラインすること、すなわち神様の夢を実現するためのビジョンを追求することを決意したのです。

独自の道

私は今、独自の道を歩んでおり、統一運動内で行われているという「後継者争い」とは全く何の関係もありません。私は父が始められた仕事を続けており、その活動を通じて、私は父と父が残したレガシーに直結しています。私は与えられたリソースを使用して、これらの活動を継続推進していきます。

一方、私の弟である文國進と文亨進は、父に関連する全てのプロジェクトと機関が、自分達のコントロールの下にあると主張しています。彼らは全世界の統一運動は、画一的で絶対的な構造によって拘束されているという虚偽の主張をし、合法的に私の責任の下にあるものを含め、統一教会と関連する全てのリソースと組織を掌握しようと露骨な試みをしています。

この葛藤は、彼らの一方的な追求によって起こっているものに過ぎません。ですから、彼らが自らの貪欲を放棄するなら、明日にでも終わらせることができるでしょう。

長男としての責任

今まで、私はそのような攻撃に直面しながらも沈黙を守ってきました。私は自分の家族を大衆の悪評から保護し、父のレガシーの尊厳を守ろうとしてきました。しかし、長男として私の責任を果たし、父の追悼を適切な方法で行おうとする私の努力は挫折してしまいました。さらに教会側は、私の名前と私の妻子の名前を、公式発表された遺族名簿から除外しました。それはあたかも、私はもはや父の息子ではないということを暗示しているかのようです。

父の真のレガシーを代表する

従って、私は、正義と真実に基づき、今こそ父が立てた理想と基準は何なのかを、はっきりと宣言し、明らかにせざるをえません。私がかつて知っていた「統一教会」は破壊され、現在の統一教システムは、父のビジョンや、そのビジョンを具体化するための私の活動の基盤とも全く関係がありません。このような状況の中では、私は統一教の追悼式に出席することはできないのであり、父が残した真のレガシーをより適切に表しながら、父を追悼せざるをえません。このような理由から、私は妻と子供達とともに、父のために別の追悼式(聖和式)を持つことにしました。私は父を深く愛しており、父が人生を捧げてきた神様の摂理に深い尊敬心を持っています。これが間違って伝えられてはなりません。

私は父のビジョンに感動した全ての人々とともに、父が残したレガシーに意味と実体を与えるための努力を継続します。私は父に対して心からの敬意と哀悼の意を表明して下さった全ての皆様に深く感謝を申し上げ、時間を取ってこの声明をお読み下さった全ての方々にも、このような努力に、祈る心情でともに参加して下さることをお願いしたいと思います。父の精神と確信が、私達を通して生き続けることを願っております。

 

 

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