真の御家庭の夢:私たちは今のまま進んで行っていいのでしょうか?

「Pioneer! CARP Caféの投稿記事を掲載します。」

最近、様々な国の人と出会う中で、考えさせられる事がありました。出会った一人は、お父様が亡くなる時の事を2004年に夢で見た事がある人でした。お父様が、栄光と賞賛の中で霊界に行かれる夢かと思ったら、とても悲しく、真の御家庭を含めて、後悔の中にある人や全くの無感情の人などが見えた中で、顯進様の姿が見えず、嵐のような中、汽車がやって来て、その汽車に乗った人たちが難を免れる夢だったとの事でした。縁起でもない夢とあまり人には話さなかったそうです。正夢を見る人で、安侍日が始まる時にも、夢で教えられたとのことでした。

お父様は、「モーセやイエス様のように、お父様も墓がないかもしれない」と最近、深刻に話されたことがあったと聞きます。最近の混乱は、お父様の名を地におとす事の連続で、教会も私達が心惹かれ入教した時と、あまりにも違う姿になってしまっている、と思わざるを得ません。

真の父母様に絶対服従せよ、との名目の下で行われているのは、一部の人たちを糾弾することが解決策であるかのように宣伝する集会であり、とても真の愛とために生きる事を謳う団体とはかけ離れてしまっているように思います。

人が自分自身を正直に見ることはむしろ難しいことが多いと思わされます。個人においても自分を正直に見る事は難しいことであり、団体においても自分達を正直に見る事は難しいことです。しかし、その正直さなしに、成長することができるでしょうか。

個人において、自分自身を正直に見ることができず、矛盾や痛みを抱えていれば、お酒や仕事に気を紛らわせたり、人を攻撃したりする行為に走り、心身の健康を取り戻そうとすれば、いつかは正直に自分を見なくてはなるはずです。

団体においても同様であり、米国において、奴隷制度や人種差別を抱えた国が、いつかはその矛盾と痛みに向き合わなければならなかったのを想起させますし、その矛盾と向き合おうとしたリンカーンやキング牧師は殺されました。

真の御家庭は、どなたであれ、肉親の父母不在の中で、迫害と教会内の矛盾を体験されながら、成長されたはずです。しかし、その同じ体験の中から得た答えは、御子女様によって大きく異なってしまったと思われます。それが、子女様が指導する時代となって、教会員全体の問題、私達一人ひとりの問題となって跳ね返ってと来た、とも思われます。

教会は、今どこかおかしい、と思っている人はかなりいるでしょう。多くの人が、矛盾を感じているということは、どこかに、正直に直視してみるべき内容がある、ということではないでしょうか。もし、解決できなければ、いつかはもっと大きな跳ね返りがやって来る、という事かもしれません。

最初に書いた夢の話に戻りますが、夢で教えられることは可能性の一つで、不幸を予告されても避ける道はいくらでもあるはずです。私達が今のまま進んで行って、大きな後悔を残す事とは何でしょうか。振り返って見る必要があるとは思いませんか。

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