お父様の観点からみ旨をなすか、狭い観点に囚われて後世の笑い者となるのか

「Pioneer! CARP Caféの投稿記事を掲載します。」

現在大々的に宣伝されているフレームワークは「顯進様対お父様」或いは、「顯進様対教会」「顯進様対他の子女様」等々があるが、果たしてこれが問題の本質なのか、という疑問がある。

結論を言おう。これらのフレームワークは、事態の本質をごまかすための偽りに過ぎないということだ。

お父様の解かれた原理の観点から見れば、問題の本質は、「み旨を果たそうとされるお父様」対「お父様の果たそうとされるみ旨を妨害しようとする者」という構造である。

メシヤとしてこられたお父様の使命を簡単に整理してみると、まずメシヤが来なければならなくなった原因は人間始祖の堕落であり、堕落により失われた創造目的を復帰するためにメシヤは来られるようになった。堕落は不倫の問題であったため、メシヤは祝福を通してその問題を解決し、かつ神様の本来の創造目的を完成しなければならない。その本来の創造目的とは三大祝福の完成による地上、天上天国の実現である。

ゆえにメシヤは一人一人の個人が三大祝福を復帰できるように「祝福」を与え、かつ地上天国を復帰するために様々な摂理機関を立てて国家主権復帰に向けての「摂理」をされる。

本来ならば第二次世界大戦が終了するや、準備されたキリスト教の基盤を土台として一気に地上の天国が、神様の主権の国家と国連を中心として成し遂げられるはずであったが、キリスト教指導者らの失敗によりその摂理が流れ、お父様が再蕩減の荒野路程を出発されたことは、私達の学んできたところである。

その後お父様はキリスト教の蕩減をすべく、世界キリスト教統一神霊協会を設立され、宗教を中心としながら摂理を拡大してこられた。そして、その路程が勝利的に終了し、宗教の時代が終わっていよいよ家庭連合を立てて、実体の天国を創る時代に入ったことを宣言され、氏族メシヤ摂理から、国家主権復帰、さらには世界に向かうアベル国連としての天宙平和連合を立てられて、いよいよ実体の国家復帰、即ち、政治の時代に入ってきたのだ。選挙を通して政治を指導し、いずれは選挙のない時代すら来ることを宣言された。

ただ一人摂理の時を知っておられるお父様は、2008年多くの指導者達が躊躇する中においても、選挙を通して摂理を強力に前進させようとされ、たとえその結果が表面的には惨敗に終わったとしても、それ以後も継続的にその方向に向かって活動を継続し、しかるべき責任者を立たせながら摂理を推進してこられた。

或る見方をすれば、2013年1月13日という期限を宣言されたお父様の中には、原理の述べている通りに、霊的な宗教を土台として摂理を推進させた時代の終了の土台の上で、政治による実体的な国家主権復帰に向かって「時間内勝利」を決意して決死的に投入してゆかれる姿をはっきりと見ることができる。

ところが2008年の選挙の敗北のショックにより、どうしてもそのようなお父様の願われる方向に一致することのできない流れが私達の運動の中には存在している。お父様が然るべきリーダーを立てて推進して行こうとされる方向性に対して絶えず形を変えながら逆らっている動きがある。最近あるリーダーの進退、処遇をめぐって起こった「誓約書」をめぐるごたごたなどは、まさにそのような流れの一端が見えたものだ。

最近顯進様の講演文集の第3集が韓国ソウルで創刊され、その記念講演で顯進様が3時間にわたって話されるということがあった。その講演の中で、今この本を出す理由は、「私達の運動、特に祝福中心家庭がどのような存在になるべきかをもう一度想起するため」と語られた。その講演集には1988年から2008年にわたって語られた多くの講演の中から、テーマ別に17の内容が収められているが、当時19歳であった青年の驚くべき原理理解と、それに基づく現在に至るまでの一貫した発言と行動を見ることができる。

「私がお父様のみ言葉に従順でないと讒訴する人が多いようですが」と言われながら、STF(スペシャル・タスク・フォース、二世教育プログラム)とSFP(サービス・フォー・ピース)を始めた時のことに触れられた。自分は「生きんとするものは死に、死なんとする者は生きん」というように、命を懸けて進む人である。自分がSTFを始めた時、お父様は全指導者の前で、そんなものは必要ないと言われた。しかし自分は所信を曲げずに推進した。すると2年後にお父様は、お前がSTFを始めなかったら、二世の教育に大きな問題が生ずるところだったと語られた。SFPを始めた時も、お父様はやはり全指導者の前で、SFPなど必要ないと語られたが、2年後にはSFPを始めたことを非常に評価された、と述べられた。

講演の中で「僕」と「実子」の違いにも言及されながら、ただ主人の命令に従う「僕」ではなく、お父様の「実子」として、お父様の願いの成就に対して、主人意識を持って責任を果たそうと一貫して今も歩んでおられる姿を示された。

ここまでお父様の願いを深く理解し、それに責任を持とうと必死で努力しようとする顯進様を、何らかの理由により、快く思わない流れがあったと思われる。そのような流れによって、巧妙に「顯進様対お父様」、「顯進様対教会」、「顯進様対他の子女様」といった対立的フレームが構築されていったのである。しかし、問題の本質は、「お父様の願いをその通りに果たそうとする者」対「それに反対する者」という対立である。この本質を見抜けない限り、お父様のご苦労と犠牲の結実であるべきこの統一家が、捏造された見せ掛けの対立構造に翻弄され、今の世と後世の笑いものとなるだけでなく、その本来の神様から期待された使命を、またしても果たせなかったという結果になることは火を見るよりも明らかである。

何か理由をつけて誰かを非難し、自己を正しいとしたいのは、堕落人間に共通する堕落性である。そのような「壁」を壊さねばならないと、「平和神経」をはじめとする8大教材教本の中でもお父様は繰り返し強調されている。虚構のフレームワークの中で、愛する食口達が異なった「派」に分かれ、誰かを非難する立場を避けられないとすれば、「真の愛」というお父様の教えを奉じる共同体として、これほど無残な姿があるだろうか。それこそ、「サタンからも嘲笑される」という惨状を避けることができない。

とりわけ統一家に古くから属して、様々な事情をご父母様とともに通過して来られた古参の先輩長老の方であればあるほど、このような虚構の本質を見抜いておられるに違いないのだが、その方々が今からでも立ち上がって、私達が成熟した信仰を持てるように協助し、ご父母様の今までの犠牲と、全ての食口の精誠が、どぶの中に流れていく最悪の状態をさけるように、若い者達を教育していただくことはできないものだろうか。

ともかく、長く続いてきた統一の共同体が、大きな生まれ変わりの時を迎えているに違いない。そこに奥妙に摂理される神様の御心をはかって、各自の責任が果たせるようにと祈るばかりである。

韓国・W-CARPカフェ・匿名討論コーナー(日本語)

2011.07.14・より引用

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